十一話「大きな月の夜」

 月の大きな夜だった。
 黒い月は黒い空に覆われてよく見えない、大きくぽっかりと浮かんでいるのはもともとあった俺たちの世界の月だ。

 月には不思議な力があると、こんなことになる前に週刊誌の漫画で読んだことがある。
 そう言えばあの漫画の続きはどうなったんだろうか。
 ヒロインが闇の力に落ち、それを主人公が助けに行こうとする所までしか読んでいない。

 まあ、そんなことどうでもいいか。

 俺は草むらだらけの裏庭に置いてあった巨大な岩をじっと見つめていた。

 時刻は夜の1時。
 シオ達は今頃寝ているだろう。
 午前中は、ソラたちと一緒に屋上で寝るというシオのために体育館のマットを屋上に運んだり、簡単な日よけを作ったりとシオと一緒に楽しい工作の時間だった。
 午後は校庭に集まったモンスターたち一匹一匹をシオはじっと見つめて回っていた。
 心を飛ばしたり読めたりするその魔法の力で、挨拶をしていたのかもしれない。

 そんなシオを見ていると、俺の決意はどんどん膨らんでいくのだった。

 守りたい。
 シオの思い、ただ一つを。

 その夜、みんなが眠った後、俺は一人でここに来た。

 巨大な岩に手をかざし、俺は息を吸った。
 頭の中から余計なものを消していく。
 そして俺はその二文字だけを考えた。

 浮け。

 精神をそれだけに集中する。
 途端にグラリと世界が揺れた。
 耐える!

 岩は我慢するようにしばらく小刻みに震えていたが、やがて地面を手放し、ほんの少しだけ宙に浮いた。

 心臓の音と吐き気に耐えながら、少しでも上に浮くように念じ続ける。
 
 一センチが二センチに、二センチが三センチに、少しずつ岩は浮いていく。

 だが限界は突然訪れた。

 岩は地響きを立てて地面に落ちた。

 俺は膝をつき、息を整える。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 そう思いながら、鳴る心臓を落ち着かせて、こみ上げてくる吐き気を我慢し続けた。

 その作業に集中し続けていたせいか、それの存在が近くに来ていたということに気が付かなかった。

「大丈夫ですかい?トクさん」

 いつの間にか側にポチ太郎がいて、心配そうに見上げてきていたんだ。

「ポチ太郎……、何でこんなところに?」

 発した俺の声はやけにしゃがれていて、自分でも異様だった。

「夜の散歩ですよ……、まあ、正直に言うと、トクさんが寝床から起きたのに気がついて、こっそり付いてきていたんですがね」

 ポチ太郎のオッサン顔は、顔をひしゃげて笑う。

「今日は月が大きな夜ですねえ」

 ポチ太郎が遠い目をして空を見上げたもので、俺も空を見上げた。

 ああ、やはり、大きな月だ。
 そうしていると、少しだけ気分が良くなってきた、
 本当に月は俺たちの魔法の力に影響しているのだろうか。

 俺は大きな月から目をそらさずゆっくり大勢を整えると、あぐらをかいて座った。
 しばらくポチ太郎と月を見上げていた。

「いつもこんなことやってらっしゃるんで?」

 ふいにポチ太郎がついでのように言うので、俺もなげやりに答える。

「昨日からだけどな」

「これがトクさんの魔法の力ってやつなんですね、いやあ、立派なものだ」

「こんなちっぽけな力じゃだめだ、このくらい大きな石を百個は同時に空の上まで持って行けるようになりたい」

「あっしたちを黒い月まで連れて行けるように?」

「……シオのためだ」

 ぼんやりと月を見続けながら俺たちは会話を続ける。

「そりゃあ……、難儀なこって」

 すぐ隣で聞こえてきたポチ太郎の声は、少しだけ柔らかかった。

 その時だった。
 ポチ太郎とも、ましてや俺とも違う、第三者の声が後ろから聞こえてきた。
 
 その声は、この世界で一番聞きたくない声だった。

「青野徳也あああ!!」

 一番最後に聞いたのはいつだっただろうか。
 まだここに来る前、家に閉じこもっていた時に、テレビの中で聞いた声。

『俺がモンスターを全員あの世に送ってやります、みんな、期待してくれ!』

 ヒーローと呼ばれたその声の主が、今俺の名を呼んだ。

 恐る恐る振り返ると、声の主はニヤニヤ笑いながら、二~三人の俺と同じくらいの年齢の男女に囲まれて、俺とシオとモンスターしかいなかったはずのこの学校に君臨していた。
 
「黒川 守……」

 忘れもしないその名前は、在学中に俺の心を叩きのめした奴の名前だった。

 俺をいじめぬいていた、そいつは、前会ったより随分と違う姿をしていた。
 
 右腕と両足の筋肉が異様に膨れ上がり巨大化して、赤黒い鉄のような表面をした何かに変わっていた。

「魔王が現れたという噂を聞いて視察に来てみたら、お前か青野徳也!」

 厳しい目と顔の傷はそのまま、面白そうに顔をゆがめて笑いながら、黒川守はその異様に膨れ上がった手を振り回しながら近づいてきていた。

 守の後ろにいた連中もまた、笑っていた。

 ああ。

 それはないだろう、神様。

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2026年5月17日