十二話「黒川守」

 黒川守は、記憶そのままの表情で、記憶とは違う姿でそこにいた。
 校舎裏の薄暗い空間の中で、奴の表情はいつも以上に曲がって見えた。

「まさかお前が『魔王』ってわけじゃないよな、青野徳也!」

 黒川は笑っていた、黒川の側にいた男二人と女一人も笑っていた。

 俺は後ずさりする、逃げなければ。
 どこへ?
 ふと気づいたその問いに、俺は瞬時に答えを出す。
 決まっている、この校舎から離れるんだ、シオを、みんなを守るために。

 ふとポチ太郎を思い出し足元を見ると、そこにはもうポチ太郎の姿はなかった。
 逃げたのか?
 いや、逃げたならそれでいい。
 こっちもポチ太郎を気にせず逃げれる。

 踵を返すと、俺は黒川に背を向け走り出した。
 追ってこい、追ってきてくれ。
 ここから離れてくれ。

 そんな俺の願いは、半分叶えられて、半分叶えられなかった。

 後ろにいたはずの黒川が、目の前に降ってきたからだ。

「どこに行くんだよ、青野徳也」

 ニヤニヤしながら俺の行く手をふさぐ黒川は、本当に楽しそうだった。
 ああ、この笑顔だ、この笑顔に俺は何度も打ちのめされた。

 そしてその予感は嫌なことに当たった。

 衝撃が体全体を襲う。
 気が付けば俺は吹っ飛ばされてた。
 ぶざまに転がり続け、校舎の壁に体を打ち付けてようやく動きが止まった。
 痛みは後から気が付いたように襲い掛かってきた。

「がはっ……!」

 全身を痛みが走る、でも立ち上がらければ、逃げなければ、ここから。
 が、その心配はなかった。
 痛みに耐えている間に黒川は俺のそばまできていたんだ。

 俺は奴の赤黒く膨れ上がった巨大な右腕で胸倉をつかまれると、そのまま宙づりにされた。
 足が届かない。
 苦しい……!

「おいおいマジかよ、ちょっとつついただけで吹っ飛んじまった、青野徳也、弱くてかわいそうになあ」

 全然かわいそうとは思ってないだろうニヤニヤとした表情で、今度は右腕を胸倉から離さないまま地面に叩きつけられた。

「ぐあっ!!!!」

 もだえ苦しむことも許さず、黒川は俺を地面に押し付け続ける。
 そのまま、黒川は俺を見下ろす。

「青野徳也、ここに魔王がいるという調査が出ている、心当たりはないか?教えてくれたらちょっとぶちのめすくらいで済ませてやるぜ」

 どちらにしろぶちのめすんじゃないか。
 
 やがて後ろからきた黒川が連れてきただろう三人の男女も俺を囲んで見下ろした。

「はははっ、今にも死にそうじゃない」

「殺すのはダメだ、拠点に連れて帰って洗いざらい吐かせなければ」

「どうでもいいし、つまんねえ、また俺たちの魔法力使わず一人でやる気かよ守」

 口々に勝手なことを言う。

 俺は呼吸を整えながら、一つの戦いを挑むことにした。
 体は満身創痍だ、でも俺にはシオがいる。
 シオを守らなくてはいけないんだ。

 俺は奴らの死角にあった、さっきまで俺が訓練のために動かしていた巨大な岩に意識を集中する。
 浮け!!!

 何も言わない俺にしびれをきかせたのか、黒川の取り巻きの一人、髪で目が隠れて表情の読めない男が俺の腹に思い切り蹴りを入れてきた。

「ぐっ……!」

 岩への集中力が切れそうになったが、そのまま巨大な岩を動かし続ける。
 何も言わず、俺はただ三人を睨み続ける。

 そんな俺を見下ろしながら、髪で目の隠れた男が肩をすくめる。

「おお、怖い、怖いから、拷問してここで全部はいてもらうことにしようぜ、魔王の正体、それとてめーらが何をしようとしているのか」

 どっちが怖いんだよ。
 俺は集中力が消えないように、岩を奴の、黒川の頭上まで浮かび上がらせる。

 四人はどう俺をいたぶるか笑いながら話していて、気が付いてない。
 このまま落とすと、黒川につかまれている俺もただじゃ済まないだろう、でもいい、それでシオが守られるなら。

 でも、そこで気が付かれた。

「ねえ、あんたのとこだけちょっと暗くない?」

 女が、異常に気が付いた。

 呼ばれた黒川が上を見上げる前に、俺は雄たけびを上げながら思い切り黒川の上に巨大な岩を振り落とした。

「うおおおお!」

「てめえ……!青野おおおお!!!!!!」

 大きな音がした、巨大な岩が降ってくるだろう衝撃に耐えようとしていた俺は、数秒たっても何もないことに疑問を抱き目を開ける。

 そこには、筋肉の膨れ上がった右手で巨大な岩を粉砕して立ち続ける黒川の姿があった。

 荒い息遣いは、俺のものか、黒川のものか。

「てめえ、殺す」

 黒川は怒髪天を突く表情で、地面に倒れている俺の胸倉を今度は普通の左手で掴む。

「まて、そいつの力、やつらが捜していたものではないか?」

 少し年齢の高く見える短髪の男が、黒川を止めに入るが、頭に血が上った黒川は止まらない。

「死ねええ!!」

 俺を睨みつけたまま、鉄のように固い右手を振り上げると、そのまま力を溜めるように拳を握りしめる。

 あれを食らうと死ぬかもしれない。

 一瞬、シオの顔が脳裏を横切った。

 俺は……。

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2026年5月24日