十三話「魔王」

 俺は拳を握りしめる。
 訪れるであろう衝撃に身を固めているのではない。

 少しでも、反撃してやる。

 足が浮く。
 黒川の体も同時に宙へ持ち上がった。
 俺ごと、黒川を浮かせたのだ。

「う……お!?」

 黒川は踏ん張っていた足が宙に浮くことでバランスを崩し、力を溜めていたバケモノのような拳をふらつかせた。
 黒川につかまれていた左手を、俺は逆に掴むと、そのまま上へと上昇する。

 このまま高い所まで行って、頭から地面にぶつけてやる。
 俺もただではすまなくなるが、半ばヤケクソとなっていた俺の脳みそは、そんな作戦しか思いつけなくなっていた。

 殴られ叩きつけられた痛みのせいか、吐き気も眩暈も気にならない
 こいつだけは……。

 黒川を睨みつける俺を、黒川も睨みつける。

「てめえ……!」

 その時、俺は四方八方から飛んできた何かに足や手を掴まれた。
 黒川を掴んでいた両手も剥がされ、そのまま何かに掴まれたまま地面に叩きつけられる。

「ぐあっ……!」

 衝撃で息ができなくなる。
 全身が痛みできしむ。

 霞む視界がはっきりしてきて、俺を地面に縫い付けている正体を見た。

 手だ。
 壁から、地面から、岩から、四方八方から生えた手が俺を抑えつけていた。
 くそ……。

「おいおい、気を抜くなよ守」

 髪で目が隠れた男は、俺たちに近づいていた。
 その男の両手から生えているであろう手はなかった、どこかに、消えていた。

 俺が凝視しているのに気が付いたのだろうか、目の隠れた男はニヤリ笑う。

「守とよくここまで戦ったよ、教えておいてやる俺はカルエというんだ、本名じゃないけどな、お前を縫い付けてる手も俺が操ってる、諦めろよ、俺たちは最強だ」

 カルエという男は、聞いてもないことを教えてくる。

 俺は痛む全身で手に抵抗したが、その手が動くことはなかった。
 ならば力を……、使おうとした俺の喉首に、何かが触れた。

 つらりとした日本刀が俺の首に降れていた。

「何もしない方がいいぞ、俺の刀は、どんなものでも豆腐のように切れる」

 お前の首もな。
 短髪の男だった、右手に日本刀を構えている、その切っ先は、俺に向かっていた。

 動けないでいると、肥大した赤黒い両足が視界に入ってきた。

 上を向くと、怒りで瞳が充血した黒川と目が合った。

「青野徳也……」

 俺を見下ろすその目は、殺意に満ちていた。
 こいつをどうする?そんな沈黙が流れる。

 小さな救いの主は、その時現れた。

「いってえ!」

 カルエが突然叫びをあげ、同時に俺を縫い付けていた手が引っ込む。
 でもまだ動けない、日本刀が俺に向けられているからだ。

 必死に視界を動かし、その声の方へと向く。

 そこにいたのは。
 カルエの足にかみついていたポチ太郎であった。

 ポチ太郎は、ヒットアンドアウェイ、カルエの足から離れると、キメ顔で言った。

「遅くなったなトクさん、真打登場だぜ!」

 風が、その場にいた皆を通り過ぎた。

 上を見ると、そこには巨大な黄色いドラゴン、そしてその上に乗ったシオの姿があった。

「シオ……?」

 と無意識に呟いたのは多分俺の声だろう。
 昼間見たシオとは少し様子が違っているような気がした。
 大きな月を背にしたシオの目は金色に光っていたのだ。

「遅くなったね、トク」

 その声は、優しさで満ちていた。
 風に白髪を揺らしながら、シオはその場に降り立った。

 ギャオという小さな鳴き声がした。
 周りを見ると、校庭にいたはずのモンスターたちが裏庭に集結していた。
 空を飛び、木に留まり、壁を這い、屋上から覗き込みながら、俺たちから少し離れた裏庭の地面とい地面に、大小様々なモンスターみっしりといた。

「シオ……」

 そう呟いたのは、俺だけではなかった。
 モンスターに囲まれた現状を見ようともせず、黒川が魅了されたようにシオを見つめながら恍惚に満ちた表情でそう口に出していた。

 そう、こいつは、シオの幼馴染なんだ。
 黒川はこの場にいる誰より、俺よりもシオに近い親しい存在だった。

 しかし、そんな黒川にシオは冷たい表情を送るばかりだった。
 そんな表情をよそに、黒川は嬉しそうにシオに向けて叫んだ。

「シオ!探したんだぞ!一緒に行こう!お前を守ってやれるんだ!それだけの力を得た!一緒に行こう!シオ!俺たちと一緒に!」

「守……それどころじゃないみたい」

 黒川の連れていた女が冷静に自分たちを取り巻くモンスターを見ながら黒川に囁きかける。

「守が連れて行こうとしてるそれ、魔王だよ、多分」

 黒川は絶句した表情で、女とシオをかわるがわる見る。
 そして周りにいるモンスターも、それの中心にいるシオも、しっかりと見た。

 白い髪を揺らすシオは、月明かりを背にし、昼間とは違う金色の瞳を光らせながら俺たちに微笑みかけていた。
 
「魔王……」

 黒川は、そう呟いた。

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2026年5月31日