十六話「契約」

 日の差す保健室の真ん中で俺は我ながら不器用に着替えていた。
 立つのはしんどい、傷は痛む、でもここでのんびりと寝ている場合ではないと思ったのだ。
 白いTシャツとジャージのズボンは、シオが購買から持ってきてくれたものだ。
「よく分からないが、これだろう」とシオが選んで持ってきてくれたTシャツとジャージのズボンは少し大きかった。
 シオにとっては俺がこれだけ大きく見えるのだろう、大丈夫、俺は成長期、きっとシオの思うくらいにはでかくなれる。
 そう思いながら着替えると、保健室の時計を確認した。
 時刻は昼の十二時二十分。
 随分と寝坊したものだ。
 ポチ太郎の話を聞くと、シオはほぼ寝ずに俺の側にいてくれたらしい。
 その言葉に少し心が温かくなったが、同時に心配にもなった。

 シオは魔王なんかじゃない。
 転べば傷もつくし、嫌なことを言われれば落ち込む、ただの女の子だ。
 体を壊したら大変だ。

 と、言うわけで「食料を調達してくる」と言うシオについて俺もコンビニに行くことにしたのだ。
 着替えて分かったけれど、体中にしっかりと包帯が巻いてあり絆創膏が貼ってあった。
 シオが昨晩保健室で揃うもので治療してくれたらしい。
 俺はその包帯をそっと撫でる。
 どうやら骨は大丈夫のようなのが不幸中の幸いという奴なのか。
 そして、シャツを着て護衛として側に置いてくれたミドリとポチ太郎に目をやる。

 ミドリとポチ太郎は、保健室のすみでくるくると回っていた。

 何をやっているんだ?こいつら?
 しばらく珍妙なその光景を見ていたが、数秒ののち、もしかして敵の魔法かと思って焦りを覚えた。

「ミドリ!ポチ太郎!一体どうした!!」

 そう言うと、ミドリとポチ太郎は、くるくると回るのを止めた。

「くっ!なんだか後ろに変な生き物がいるんですよ!トクさん!ずっと昔からいやがる!今日こそとっつかまえようとしたんですが、逃げるが早くて……!」

 ポチ太郎は、本当にくやしそうにフラフラしていた。
 ミドリもフラフラしている。

 もしかして、ポチ太郎は尻尾を追いかけていたのか?
 それをミドリがマネしたと。

「……ぷ、ははははは」
「な、何か面白いことでもありましたか?」

 たまらず笑うと、ポチ太郎が不思議そうな顔で首を傾げた。
 ミドリもマネして首を傾げる。
 もしかしてポチ太郎は、おじさんのような顔をしているが子犬なのかもしれないな。

「大丈夫何でもない、行こう」

 笑いながら、保健室を出る。
 ポチ太郎も「へへへ」と笑いながら、大丈夫なのか?という表情で俺についてくる。
 ミドリはまだフラフラしていたが、なんとか俺について来てくれていた。

 保健室の扉をくぐり、廊下を歩く、途中玄関や窓から入っただろう大きさのモンスターがいたりしたが、どれもじっとして動かなかった。
 何か変だな?
 数日前、俺が家にいる間は動かなくなる時間がないかのように動き回っていたのに。
 学校にいるモンスターは、じっと座り、寝転び、動きを見せなかった。
 玄関をくぐり、外に出てその考えは確信を持った。
 校庭に広がるモンスターたちは、みんなじっとしていて少しの動きも惜しむようだった。

 昨晩、助けに来てくれた時のような戦意も動きも見せない。

 何でだ?
 
 そして、一つの答えに気が付いた。
 もしかして、何も食べていないのか?

「おーい、トクー」

 校門で待っていたシオが、笑顔でこっちに手を振る。
 シオの隣ではソラが威風堂々とお座りしていた。

「シオ……」

 近づくと、シオは嬉しそうに俺に笑いかけた。

「良かった、動けるみたいだな」

 その顔は無邪気で、先ほど思いついた問いかけを戸惑わせるくらいだった。

「じゃあ、行くぞ!」

 シオはそんな俺の心を読んでか読まずか、先頭をきって歩き出す。
 そんなシオの後ろ姿に、俺は問いかけた。

「シオ、ここに来ているモンスターたちの食べ物はどうしているんだ?」

 それは昨日考えて、そのまま聞けずにいた質問だった。
 俺はその答えを聞くのが恐ろしかったのかもしれない。

 少し、ミドリとポチ太郎の気配が変わった。
 悲しむように、怖がるように。

 前を歩くシオは、俺からその表情は分からない。
 口調も態度も変わらず、シオは言った。

「食べてない」
「えっ」
「水は良いが、これ以上人間を食べるなと命令している、それが契約だ」

 後ろ姿のシオの表情は分からないけれど、その口調はいつものものだった。

「トクさん、知らなかったんで……」

 俺の足元で、ポチ太郎が気を遣うように俺を見上げていた。

「人間は食べちゃいけないって言うシオさんの契約なんですよ、その代わり、約束の日にオレたちが帰れなかったら、シオさんを食べてもいいって……」
「ポチ太郎」

 言葉を遮るように、シオが後ろを振り返る。
 その瞳は、一瞬だけ黄色に光っていた。
 しかし、すぐにいつもの茶色に戻って、また前を見て歩き出した。

 それを見たポチ太郎は、暗い表情でうつむいて何も言わなくなってしまった。

 え、ポチ太郎は何を言った?
 契約?食べる食べない?
 約束の日までに帰れなかったら……。

 俺は少し混乱していた。
 だから、その言葉を飲み込むまで数秒かかったのだろう。

 シオがモンスターに食べられる?

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2026年6月21日