視界が暗くなるようだった。
足元がぐらつくようだった。
心臓が何者かに掴まれたように苦しくなる。
俺の姿をしたその何者かは言う。
俺が七日後の約束なんて、軽はずみなことを言ったせいだ。
「トクのせいじゃない、私が決めたんだ」
前を行くシオの声が、俺を元の世界に戻した。
世界は今日も快晴で、地面も揺れてはいない。
シオは俺を振り返り、毅然とした微笑みで俺を見ていた。
「私がそうしたいと決めたんだよ、トク」
そう言って笑うと、シオはまた前を向いて歩きだした。
モンスターに約束の日まで人間を食べるなと命令したこと。
約束の日に契約がなされなかったら自分が食べられるということ。
全部シオはその意味を知っているはずだ。
その決意がどんなに重いかということを。
俺は顔を平手で打つと、シオの元へと走ってその横についた。
「シオ、絶対モンスターたちを戻そうな」
横に並んだシオは、少し驚いた表情で俺を見上げたが、すぐに笑顔になる。
「当たり前だよ、トク」
そう、俺たちは絶対にモンスターを黒い月に帰す。
人間を食べるなという命令を忠実に守るモンスターのためにも。
約束が果たされなかったら自分がいなくなるかもしれないという思いと戦い続けるシオのためにも。
もし、もし約束が果たされずシオがいなくなるのであれば。
そうしたら俺も。
その時、風が俺とシオの髪を大きく揺らした。
そして空を優雅に泳いでいたはずのソラが俺たちの前に舞い降りて来た。
どうしたんだ、何かあったのだろうか?
「どうしたソラ?何かあったのか?」
シオも同じことを考えたのだろう、そう言うと両手をソラへと伸ばした。
ソラはその両手の前に顔を寄せると、シオをじっと見る。
「そうか、人間が……」
人間?
シオの言葉に少し疑問を抱いた。
人間は、モンスターを恐れて家に閉じこもって……。
いや、もうモンスターは襲って来ない。
シオがそう命令したんだ。
じゃあ……。
「トク、コンビニに人間が集まっているらしい」
「やっぱり、そうか……」
俺たちはミドリとポチ太郎に目を向ける。
どちらも困惑しているようだった。
このままコンビニに行ったら、人間はミドリとポチ太郎に恐怖するだろう。
恐怖だけならまだいい、恐怖した人間がミドリとポチ太郎に襲って来る可能性もある。
「ミドリ、ポチ太郎、ちょっと待っていてくれないか?そしてソラ、ミドリとポチ太郎を守ってやってくれ」
ソラは何も言わなかった。
シオを見る目が少しだけ優しくなっていたような気がする、そんな表情を残して。
俺たちはソラとミドリとポチ太郎をそこに置いてコンビニに向かった。
「おたっしゃで~」
そんなポチ太郎の声を後ろに感じながら、俺たちは何か月かぶりに知らない人間に会いに行くことになった。
大通りに出て、曲がるとすぐにコンビニは見えた。
そこには、遠くからでも人間が集まっているのが分かった。
こんなに人が集まるのはいつ以来の光景だろうか。
少し懐かしくなったが、人々のその手に斧や手作りらしい槍などを持った姿を見ると、ミドリやポチ太郎を連れて来なくて良かったと思わせてくれた。
コンビニに近づくと、その駐車場で手に槍を持ったおじさんが俺たちに手を振った。
「おーい、大丈夫か?」
人の良さそうな声に、少し安心した。
俺も手を振ってコンビニの駐車場に入る。
周りを見渡すと、そこにいた人は想像より多く、二十人三十人の人がコンビニに集まっていた。
おじさんやおばさん、青年と呼ばれるだろう年齢の男女、俺たちの年代のように見える人もいる、子供はいなかったが、老人が二、三人見えた。
そして、あるものを見つけて俺はギクっとした。
オリの中に、頭に角がある黒い毛におおわれた丸い生き物が捕まっていたのだ。
犬や猫などではない、明らかにモンスターである。
モンスターは何も言わず、赤い瞳で俺たちのことをじっと見ていた。
何かを訴えかけるかのように。
「あんたたち!食べ物をもらいに来たのかい?可哀そうに、あんたは傷だらけだし、そこの女の子は髪が真っ白じゃないか、お腹がすいただろう、そんなに渡せないけれど、少しなら食料を渡せるよ、おいで」
ハッとした、それに視線を奪われて気が付かなかったが、おじさんはいつも間にかすぐ近くに来て俺たちを手招きしていた。
シオはおじさんについて行きながらも、じっと捕まったモンスターを見ていた。
「あ、ありがとうございます」
そんなシオの邪魔をしないように、俺はおじさんに話しかける。
「ん?いや、いいんだよ。お互い様さ、こうなったら」
「やっぱり、モンスターが大人しくなったから、出てこれるようになったのですか?」
「そうだねえ、何でかいきなりモンスターが大人しくなってねえ、でもあたしゃ一つそうなった原因が予想できるんだよね」
おじさんの言葉に、俺は息を飲んだ。
モンスターたちが大人しくなった原因、それはシオがそうするように命令をしたからだ。
まさか、それが分かるはずがない。
その予想通り、次におじさんが言った言葉は残酷なものだった。

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