「黒川様が、この町に戻ってきてくれたおかげだと思うんだよ」
予想外の名前の登場に、俺の胸はざわついた。
そんな気持ちなんて知らずに、おじさんは言葉を続ける。
「知ってるかい?まだ若いのにモンスターを倒しまくってくれている黒川様だよ。きっと黒川様が、モンスターを静めてくださったんだ、時期だって同じくらいさ、本当によくできた人だよ」
確かに、時期は合っている。
黒川たちはシオがモンスターたちと契約をしたという異変に気が付き来たのだから。
でも違う。
モンスターが大人しくなったのは黒川のお陰ではなくてシオが命をかけてそう命令したおかげなんだ。
違うんだ。
「……お兄さん、変な顔してるね?どうしたのかい?」
「いや、何も……」
話を続けていたおじさんが、いつの間にか心配そうに俺を見ていた。
知らずとしかめっ面になっていたらしい、俺は努めて普通を装う。
でもはらわたは煮えくり返っていた。
おじさんにすべてをぶちまけたかった。
黒川、あいつじゃないんだ。
シオが、人間みんなを守っているんだ。
命をかけて。
重いものまで背負い込んで。
俺の、俺のせいで……。
「うわあ!なんだこれは!!」
突然のおじさんとは別の人の声に目をやると、コンビニの駐車場に止められていた赤い車が浮いていた。
人の背丈ほど浮いたその自動車はそれだけで異様で、コンビニに集まっていた人たちの目を引いていた。
その力は、明らかに俺の持つ力で。
でも、力を行使した覚えのない俺はその光景に戸惑うばかりだった。
俺がやっているのか?
俺が、怒りを覚えたから?
そう思うと同時に、怒りをどうにか静めようと目をつぶった。
静まれ!
ここで色んなことを気付かれてはいけないんだ!
深呼吸を二度したとき、車は重力を思い出したかのように地面へ叩きつけられた。
車が落ちる音、窓ガラスなどが割れる音がコンビニ全体に響いた。
どうしてだ?
力を使ったことによる副作用もない。
俺は……。
俺の思考はそこで止まった。
コンビニでの騒ぎは、それだけでは終わらなかったのだ。
鍵が開く音がした。
気が付くと、コンビニの前に置かれていたモンスター入りのオリの前にシオがいた。
そのオリの扉は、空いていた。
「何してるんだよあんた!」
信じられない、そんな思いの込められた言葉が飛んできた。
オリの中にいた、頭に角がある黒い毛におおわれた丸いモンスターはふわり浮くと、シオにつかまる。
「この子は何もしない」
シオは、取り囲もうとする人間みんなに向かって言う。
「今は大人しいだけだ!そいつを渡せ!」
「あんたは騙されてるんだよ、そいつらは俺たちからすべてを奪った!」
「息子がそいつらに食われたんだ、早くオリに戻すんだ」
口々に叫ぶみんなの声の中心に、シオは立っていた。
「何もしない、ただ元の世界に戻りたいだけなんだ」
「お前、そいつらの仲間になったのか?」
シオの言葉は届かなかった。
町の人たちの様子が変わる。
槍を、斧を、構える人もいる。
危ない!
俺は、そいつら一人一人を確認する。
そして、力を行使した。
「うわあ!」
十人ほどの、武器を構える人たちが宙に浮いた。
浮いたと言っても数センチ、落ちても怪我するような距離ではない、と思う。
本当に、どうしてしまったんだ俺の力は。
俺はシオに駆け寄ると、その手を引いて逃げた。
「トク!」
「シオ!今は逃げよう!」
逃げるのか立ち向かうのか、どっちが得策なのかなんてもう分からない。
とにかく、今捕まるわけにはいかないんだ。
それに、俺に話しかけてきてくれたおじさんのような人たちとは戦いたくない。
「わかった!」
シオの言葉をスタートに、俺たちは全力で走り出した。
シオの足には、さっきの丸いモンスターがくっついている。
よし、お前も大丈夫だな。
駐車場を出て大通りのど真ん中を走る。
後ろを見ると、二、三人の男が俺たちを追いかけているのが見える。
頼むから、ついて来ないでくれ!
俺たちはあんたたちみんなを傷つけたいわけじゃないんだよ!
力はもう解除した、槍や斧を持った人たちもいずれ追いかけて来るだろう。
そんな時、大通りの真ん中を走っている自分の姿に影が落ちているのに気が付いた。
空を見ると、そこには黄色いドラゴン。
「ソラ!」
俺は叫ぶ。
それと同時に、ソラは大きなその空から舞い降りて来て、追ってくるみんなの前に立ちはだかった。
「グアアアアア!!」
ソラは威嚇するように大きな唸り声を放つと、俺たちに乗れというように背中を向けた。
背中には、ポチ太郎とミドリがすでに乗っている。
「ピンチに颯爽と登場ですぜ!」
ポチ太郎のいつも通りの声に少し安心する。
突然現れた巨大なドラゴンに、追ってきた人もひるんで足を止めた。
俺たちは、ソラの背に乗ると、空に向かって逃げた。
逃げることしかできなかった。
シオを見ると、愛おしそうに丸いモンスターを撫でていた。
怖くないよ、そんなことを言うように。
下を見ると、さすがに空までは追ってくる人たちはおらず、人々は唖然と俺たちを、空を見上げていた。
これは、人間にケンカを売ってしまったことになるんだろうか。
一抹の不安を抱えながらも、今は無事に逃げることができてそれだけで良いと、そう思うことにした。

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