十九話「特訓の夜」

「この子が助けてくれって言ったんだ、この子たちを黒い月へと帰すと約束した身としては助けたかった。カギはどうしたかって?心を読んだらカギを持っていると緊張してた人がいたから、駐車場で騒ぎが起きているのを利用して、カギを盗んでこの子のオリを開けた」

 シオの主張はこうだった。
 丸くて黒いモンスターは、さっきからずっとシオにしがみつきながらミドリとじっとにらめっこをしている。
 すぐに学校に帰らず、しばらくソラの背の上で空の散歩をしていた俺たちだったが、その時にシオから聞いた言葉には俺も脱力した。

 なんてこった、俺の力もこの逃走劇の一部になっていのか。

 シオの気持ちも分かる、でももうちょっとどうにかできなかったものか。
 いや、状況からしてどうにもできなかったかもしれない。
 話し合いでどうこうできる問題でもなかったのだろう。
 結局、シオのとった行動は俺たちにとっては正解だったのだ。

 ソラの背の上は、決して乗り心地が良いとは言えなかった。
 揺れるし落ちそうになるしで必死にしがみついていた俺だが、先頭でソラの首の上にまたがっているシオは丸いモンスターと一緒に器用にその背に乗っていた。
 その次にいるミドリもなぜか落とされることなくソラの背に乗っている。
 落ちそうになっていたのは主に最後尾にいた俺とポチ太郎だけだった。
 ポチ太郎などは本当に振り落とされそうになったから、途中で俺が抱えることになった。
 俺も振り落とされそうだったが、まあ、そこはしがみつくことでなんとかなった。

 空の散歩を必死で乗り越えた後、こっそりと屋上へと降りたソラの背から転がり落ちた俺の思うことは一つ、もうソラの背には乗りたくないであった。

 戻ってすぐ、改めて屋上から見た校庭の風景には圧倒した。
 大中小、様々なモンスターがひしめきあっていたのだ。
 校庭だけには収まり切れていなかった。
 学校の外の道や公園。
 ビルの間やその屋上までモンスターはいた。

 もう、数えることもできないくらいの数のモンスターが、ここに集まりかけている。
 その事実と、もし約束の日まで願いがかなえられなかったらこのモンスターたちが一斉にシオに襲い掛かるという事実を思うと、俺は息を飲んだ。
 俺は、こいつらを連れて行けるのか?
 いや、連れて行かなければいけない。

 屋上はシオの居場所として空けられているのであろうか、モンスターはソラとミドリとポチ太郎、あとは先ほど助けた黒くて丸いモンスターだけであった。

 降りたときの時間は十六時を過ぎていた。
 
 結局食べ物は手に入らなかったので、購買で探し出したインスタントラーメンを、家庭科室だった所にあったガスコンロで湯を沸かして食べた。

 これが今日の分の全部の飯だ。
 校庭のモンスターたちの事を思うとあまり喉に入らなかったが、シオが食べているのだ、食べない訳にもいかなかった。
 そのことについて特に何も言わなかったが、シオはきっと自分が倒れるわけにはいかないと思っているのだろう。
 俺たちは何も言わず、夕日の射す荒れた家庭科室の中で、黙々とラーメンを食べた。

 そして、夜が来た。

 時計の針は九時を指していた。
 空には満点の星が輝いている。
 黒い月とは違う、少しだけへこんでいる穏やかな月が、俺の特訓を応援しているかのようだった。
 いや、今回は本当に応援してくれる人がいた。

 シオとその足にくっついたままの丸いモンスター、そしてミドリにソラにポチ太郎。
 その五名が、取り囲んで俺を応援してくれていた。
 ソラやシオの足にくっついたままのモンスターなど、本当に応援してくれているのか?という者もいたが、いいや、応援してくていると思おう。

「がんばれトク!」

 シオの声に、何だか恥ずかしくなる。
 どことなく授業参観の日の気持ちを思い起させてしまったからかもしれない。
 いや、まて、俺は子供か。
 そんな考えを振り払いながら、俺は頑張って意識を集中させた。

 狙うのは、昨晩黒川の上に落とした巨大な岩である。

 少しだけ自信があった。
 ちょっと前まで数センチ浮かせるのが精一杯だった巨大な岩。
 黒川と戦った時は確かに黒川の真上まで浮かせることができたのだ。
 黒川によって粉砕されたもので、大きさも少し小さくもなっている。
 それに今日、コンビニで浮かせた車、武器を持った人たちを無力化させた光景。
 それが俺に自信を与えていた。

 できる。
 できるはず、だ。

 手をかざすと、その二文字に意識を集中させた。

 浮け!

 巨大な岩は、何言わずに少しだけ浮く。
 一センチ、二センチ、一メートル、二メートル。
 でも、そこが限界だった。

 世界が曲がった。

 ダメだ、落としてはいけない、静かに、おろすんだ。
 俺は必死の思いでそれを地面に置くと、両手をついて地面に伏した。

「ハア!ハア!ハア!ハア!」

 息を整える。
 何でだ、昨晩は、昼間はできたはずなのに。

 そんな俺の背中を誰かがさすった。

「大丈夫か?」

 顔をあげると、そこにはシオの心配そうな顔があった。

「大丈夫、まだ、やれる」

 立ち上がったが、そこでふらついた。
 シオが支えてくれなかったら、倒れていたかもしれない。
 情けない。

「昨晩は、やれた、できるはずだ、条件があるのかもしれない」

「条件か……」

 シオは少し考えて、俺に言う。

「戦ってみるか?ミドリと?」

「はあ?」

 俺はその時、ひどく間抜けな顔をしていたと思う。

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2026年7月12日