何もできず空に浮く黒川は少しの間下に降りようともがいていたが、それができないと悟ると動かなくなった。
俺を睨みつけてたまま。
カルエはまだ慌てたように手足をばたつかせている。
「下ろせ!俺は!高い所は苦手なんだよ!」
カルエの言葉を聞くわけにはいかない。
「何もするなよ!何かしたら落とすからな!」
そう言うと、カルエは「ひっ」と言って大人しくなった。
情けないことに、俺の足は震えていた。
左手に持っていたモップを杖代わりに体重をかけると少しだけ楽になったが、魔法の副作用か戦いの余韻か、心臓は大きく跳ね上がっていた。
シオ、守り切った、守り切ったぞシオ。
落ち着くためにシオを思い出そうとすると、思い出の中のシオは笑っていた。
何かが、頭に当たった。
下に落ちたそれを見ると、小さな石だった。
なぜ?
答えは簡単だった。
校門にいた人々のうちの一人がこっちに石を投げていたのだ。
「黒川様を離せ!このモンスターの手下!」
それは小さな男の子だった。
いつの間にか人々の先頭に立って学校の敷地内に入っていたその子は、足元の石を拾ってはこっちに投げていた。
それは本当に小さな小石で全然痛くないはずだったのだが、なぜか痛く感じた。
「そうだ!黒川様を離せ!」
「黒川様は俺たちを守ってきたんだ!」
「モンスターなんかにについた奴に負けてたまるか!」
校門にいた人々は、その男の子を中心に一斉に俺に向かって怒鳴り声を上げる。
これが、シオが命をかけて守ろうとしている人々の声だ。
そう思うと、無性に悲しくなり、その悲しみは怒りへと変わって行った。
「うるさい!!!!」
気が付くと、許す限り大きな声を上げていた。
人々の声が少しだけひるむ。
「モンスターはもう襲って来ない!そう契約したんだ!シオが!あと四日なんだよ!あと四日したらモンスターは黒い月に帰る!あそこに!帰るんだよ!!」
俺は右手で空を、青空に浮く場違いな黒い月を指さす。
大きな声を上げすぎて声がしゃがれる、喉が痛い、でも俺は叫び続けた。
「何も知らないで!シオの思いなんて知らないで好き勝手言いまくるな!もうモンスターは襲って来ないんだよ!!」
「どういうことだ」
人々の声ではない、今度は別方向から大きくよく通る声が聞こえてきた。
空に浮かんでいるままの黒川だ。
「詳しく話せ、話によっては今日は見逃してやってもいい、話によってはぶちのめす」
その表情は凄みを帯びていた。
こいつはこの状況でまだ俺に勝つと思っているのか。
ああ、できるんだろうな、ミドリと一緒に空から地上に勢いよく落としても傷一つつかなかったからな。
「黒川様!こんな奴の言うことなんて聞かなくていいです!」
人々の誰かが声を上げるが、黒川は聞かない。
「シオは一体どんな契約をした、教えろ」
俺は一瞬迷った、どうする、教えるか教えないか。
しばらく黒川と睨みあっていたが、その視線をさまよわせると、校門にいた人々は少しざわついていたが大人しくなっていた。
カルエは空の上で、地面を見ないように顔を手で覆っていた。
ポチ太郎はまたどこかに隠れたのか消えていて、ミドリはまだ姿を現さない。
クロは……そういえばクロはどこだ?
俺は足元を見ると、まだそこにクロはいた。
ずっとついていたのか、俺はホッとして少し落ち着いた。
黒川は信用ならない。
でも、シオを思っている。
最悪俺はぶちのめされても、シオを守れるかもしれない。
黒川に視線を戻す。
黒川の表情はさっきと同じで、何もかもを許さないような表情をしていた。
俺は賭けにでた。
「あと四日したらモンスターは黒い月に帰る、その間モンスターは人間を襲わない」
そこまで言うと、俺は深呼吸をした。
「シオがモンスターたちとそう契約したんだ、四日後に黒い月に行けなかったら、自分を食べてもいいという契約の元」
離れていても分かる、ここにいる人々のすべての気配が、俺の言葉で変わった。
「てめえはその契約を呑気に指をくわえて見てたのかよ」
一番変わったのは黒川だった。
何もかもを許さないという表情は、予想外に静かな表情に変わっていた。
「違う、俺が……」
そんな契約をしたと知らなかったとはいえ。
「俺が、そうシオに促したんだ」
そんなことになるとは知らなかったとはいえ。
「俺のせいだ」
気が付いたら、力も集中力も抜け、黒川とカルエは地面に降り立っていた。
罰が欲しかったのかもしれない。
ぶちのめされるならそれでもいい。
「ふざけるな」
気が付いたら、黒川は俺の目の前にいた。
身を固くするが、衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
「シオがてめえの言葉だけでそんな決意をするかよ、それはあいつの願いだ、あいつが自分で決めたことだ、てめえのせいだと言ってあいつの願いを汚すんじゃねえよ」
そのまま後ろを向くと、校門へと歩いて行った。
フラフラと歩くカルエと、こっちを気にしたままの女を連れて、校門を出ようとする。
直前、女が意を決したようにこっちに駆けてきた。
「これ、シオって女に、守からよ」
そして手に持ったヒマワリを俺に押し付けると、また黒川の元に戻る。
校門にいた人々は黒川としばらく何かを話していたが、黒川について学校から離れて行った。
取り残された俺を見ることなく、黒川の姿は遠く離れ、いずれは見えなくなって行った。

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