閉められた扉、閉められた窓、閉ざされたカーテン。
今年も予定通りの暑い夏だというのに、愛しき我が家は暗く閉ざされていた。
うちが特別に八月の青空を嫌う体質なわけでもない、今はどこの家もここと同じく閉ざされ室内でみんな震えているのだろう。
部屋の隅っこに置かれたテレビの音が、かすかに耳に届いた。
「皆様、心配はしないでください、モンスターの数は減っております、自衛隊も頑張っております、それに海外からも救援が来ております、希望を捨てないで、隣にいる家族の手を握ってあげてください」
家族がいない人はどうしたらいいんだろうね。
父親は〈変化の日〉に仕事に向かって以来帰ってこなかった。
母親はそんな父を心配して迎えに行って以来、帰ってこなかった。
変化の日から六十日たった今でも、俺は一人で家に閉じこもり、ただ息をすることしかできなかった。
食料は用心深い母親のお陰で、家族三人一か月は暮らせる量の備蓄があった。
俺はそれでよかったのだが、食料が無くなった家の人間が外に出て奴らに食い殺される叫び声を聞くのは一回や二回ではなかった。
俺はカーテンの隙間から青空を見る。
そこには巨大な黄色い竜がこれまた大きな空を自由に飛んでいた。
異質であるはずのそれは、俺の日常の一部として組み入れられ、もう驚かなくなってしまっていた。
うんざりとも感じる。
それよりも、いい天気だ。
こんな雲ひとつない青空の日は、あいつが、シオがあそこにいるはずなんだ。
俺はしばらく竜を目で追いつつ、空飛ぶ竜とはまるで違うことを考えていた。
あそこに行ったら会えるだろうか、シオに。
俺は立ち上がると、特に身支度もしないまま玄関へと歩いた。
厳重に閉められた扉を開くと、そこから眩しいほどの光が目に入ってくる。
目が慣れ、そこに広がる光景を見ると、少し前まで毎日目にしていた光景……とは少し違った、そこは雑草が伸び放題の世界で、壁や地面が無残に削られた光景が広がっていた。
しかし、俺は家に戻る気はなかった。
もしかしたら会えるかもしれない、シオに、きっとあいつは今でもあそこにいるはずだ。
俺は一歩、外に出る。
奴らはいないようだ。
前のマンションを見ると、やつれた顔の子供が三階の窓から俺をじっと見ていた。
そこから目をそらすと、俺は足を進める。
行かなければいけない。
シオが待っているような気がする。
一歩、そして一歩、慣れてきたら連続して足を動かす。
細い通りを抜けると、やや広い大通りへと繋がっている。
大通りに入りやや広がった視界に広がった光景は、やはり雑草や蔦が我が天下とばかりに広がり、道や壁は奴らの爪痕で傷だらけだったが、俺は懐かしいと感じてしまった。
歩いて外に出ることが、懐かしいのか。
毎日通っていた道を進むことが、そう感じさせるのか。
もしくはその両方が?
奴らはまだいない。
電柱に当たり壊れ果てた車の横を通る、車の中には誰もいなかった、変わりに開いた車の扉の外に一足の靴が落ちていた。
俺はなんとなくその靴を見ていたが、靴の向こう、ふいに向けた横道にいる何かに俺は足を止めた。
人間?
ではない。
毛むくじゃらの角の生えた猿のような生き物である。
奴だ!
奴の赤い目玉が俺を捕らえた。
俺はゾッとしたが、足が縫い付けられたようにそこから動かなくなっていた。
ヘビに睨まれたカエル、情けないことにそんな諺が頭をよぎった。
奴は小道からこちらにやってくる。
ゆっくり、足を怪我しているのか少し引きずるように。
そして俺の正面まで来る。
背の高い大人くらいの大きさのそれは、逃げるなと言うように俺を赤い目で睨みつける。
そして俺に向かって大きく手を振り上げると……。
甲高い咆哮。
そこで空からいきなり第二のモンスターが現れ、猿のようなそれの足を巨大な口で噛みつくと、そのまま空へと舞い上がっていった。
肉眼では追えなかったが、俺の前にいたモンスターを空へといざなったのは、巨大なカラスのような生き物だった。
しかし、チラリと俺を見たその顔は胴体と同じくらい巨大で、牙が生えそろった肉食獣のそれだった。
命拾いした。
俺はどっと汗が吹き出し、何も装備せずに出た自分の無計画さに呆れも感じた。
それでも、ここまで来たら俺は行くしかない。
シオの所へと。
六十日前まで俺が通っていた学校まで。

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