学校までの道のりは徒歩二十五分という長さで、通常なら近いと思える長さだったが、今は遠かった。
そこまでの道のりには人を食べる異形のモンスターが数多く跋扈しているからだ。
襲われかけた恐怖が体に染みついた俺は、慎重に隠れながら足を進ませる。
家を出るまでは死んでもいいやと思っていたが、襲われそうになった今麻痺していた恐怖の感情が体を、脳を支配したのだ。
正直に言おう、怖かったのだ、襲われ血を流すであろうことが、彼女に、シオに会えずにここで死を迎えることが。
やってやる、学校までもうあと十分の距離、意地でも生きて目的の場所まで行ってやる。
それに俺は最終兵器も持っていた。
使いたくないが、いざとなったらそれを使うしかない。
途中3回ほどモンスターと鉢合わせになりそうになったが、電柱に、放置された車の影に、ビルのスキマに隠れてやりすごした。
巨大な腕と小さな頭部を持った獣のような何か、羽と人間の頭を持った蛇のようなバケモノ、集団で移動していた犬ほどの大きさの緑色をした虫のような生き物たち。
どれもファンタジーの世界から飛び出してきたような形状のモンスターたちだった。
奴らは変化の日にこの町にやってきた招かれざる客たちだ。
俺はビルの入り口に身を隠すと、しゃがんで息を整えた。
そして少し落ち着くと頭上を見る、そこには拍子抜けするほど青い空と、満月のような大きさのぽっかりと開いた黒い穴があった。
鳥ではない何かがそこを横切る。
変化の日、60日前に起こったその日、現れたその黒い月はモンスターを今でもこの地に呼びつづけていた。
黒い月が現れたその時は夕方だった、俺は学校帰りにアイスを買い食いしながら家路へと向かっていた。
いつもの夕暮れ、いつもの世界、呑気に明日のテストのことなどを考えていた、目の前にいた人が、空を飛ぶモンスターに連れ去られるまでは。
学校が見えてきた。
いつも俺が通っていた学校、浮原中学校。
本当だったら高校受験を迎える今年、モンスターが来たことは受験生たちにとってラッキーだったのか、アンラッキーだったのか。
受験ができなかった今の俺は、アンラッキーとしか言えなかった。
こうなるくらいだったら受験で頭を抱えていた方がまだましだ。
俺は警戒しながら学校へと歩く。
なぜか、学校あたりからモンスターの気配は薄くなった。
そして気が緩んだんだろう、俺は隠れることなく歩き始めた、が、気配がした。
学校とは反対側、公園にある広場のその真ん中に。奴がいた。
よどんだ牙を持ち、赤い体毛をまとった俺の二倍は背丈があるだろう狼のような巨大な何か。
ああ、もうだめなんだろうか、学校は、シオのいる場所は目の前なのに、俺はこいつに食い殺されて死ぬのか。
諦めのような思いが胸を横切った。
でも、その思いは一瞬で消えた。
もうすぐでシオに会えるのに、諦めてたまるか!
俺は走り出した。
全力で、後ろを振り返らず。
後ろから奴が追ってくる気配がする。
学校の校門を抜け、玄関に滑り込む、そこで後ろを振り返ると、玄関前では赤い体毛を持つ巨大な黄色い二つの目がこちらをギョロリと睨んでいた。
しばらく二つの目は俺をじっと見ていたが、玄関が小さすぎて中に入れないと悟ると足音を立てずに道を引き返して行った。
ああ、また生きながらえた。
もう気分は5回くらい死んだ気持ちだった。
しかし体は鈍っていたはずなのに、よくあんなに早く走れたものだな、火事場のクソ力とは言ったものだ。
もしかしたらあの時のスピードは世界新記録を抜いたかも知れない。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は玄関を後にすると目の前の階段を上がり続けた。
ボロボロの階段には、奴らのものだろうか糞や尿があり、そこから生えた雑草がまた異様な世界を作り出していた。
俺はそれを気にせず上へと足を進める。
上へ、上へ、屋上へと。
壊れた窓からは気持ちのいいくらいの日の光が差し込み、廃墟と化した学校を照らしていた。
神秘的と言えなくもない。
屋上の扉の前に立つと、俺はノブに手をかける。
屋上への扉は鍵がかかっていなかった。
ああ、やっぱりいるんだ。
俺はそこに立つシオを想像して、勢いよく扉を開いた。
「シオ!!」
しかしそこには、青い空と黒い月、灰色の囲いに守られた広い空間には、誰もいなかった。
ああ、ああ、俺の最後の願いは叶わなかったんだ。
シオはいない。
家にいるか。
それとも—―もう、食われたか。
「シオ……」
数歩歩いて、誰もいないのを確認するとその場に座り込む。
頭上でクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「トク、何て顔をしてるんだよ」
俺は振り返った。
そこには、白く長い髪をなびかせたジーンズと白いTシャツ姿の少女……シオがいた。

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