三話「空に近い場所」

 シオ――本名、島川詩織は、青い空を背にして塔屋の上に立っていた。
 いつもと同じ表情で、いつもと少し違う姿で。
 
「シオ……、何で髪が白くなってるんだ?」

 風になびく彼女の髪は、確かに俺が最後に見た豊かな黒髪と違っていた。
 
「うん、話せば長くなるけど、なんだか色々あって白くなったみたいなのだ」

「なんだよそれ……」

 でも良かった、シオが無事で良かった、シオに会えて良かった。
 俺は不覚にも涙がこみあげできたが、彼女の前で泣くわけにはいかない、目頭を押さえてなんとか我慢をした。
 そんな俺を見て、シオは何でもお見通しというような表情をして笑っていた。
 
 シオはいつもここにいた。
 変わり者ではみ出し者のシオ、授業中でも、学校行事でも、テストの終わりにもここで空を見ていた。
 1年前、いじめられていた俺が自殺するためにここに来たその日も。
 
 彼女は俺に手を伸ばす。
 
「おいで、トク」

 俺も手を伸ばすと、シオに誘われて塔屋の上にのぼる。
 そこから見る景色は、悪いものではなかった。
 異形の者たちが徘徊する地上も、壊れて緑に覆われかけた建物も、それをすべて包み込む青い空も、ここでは素晴らしい景色に思えたんだ。
 
 俺は塔屋のはしに座ると、しばらくその景色を見ていた。
 
「良かった、シオが無事で」

 気が抜けたのか、俺はそんな言葉を呟いていた。
 
 俺の隣に座ったシオも同じだよというように笑った。
 しばらく二人で変わってしまった世界を見ていたが、ふいにシオが言った。
 
「トク、私は魔法使いになったのだよ」

 魔法使い。
 黒い月が俺たちにもたらした第二のプレゼントだ。
 人によって違うその不思議な力は、ビルを壊したり、火や水を操ったりできるらしい。
 テレビはその能力者のことを、魔法使い、と呼び、モンスターを退治するための武器として収集をかけた。
 何億という金を渡すという条件の元。
 
 集った魔法使いは希望の星として公表された。
 
 ヒーローの誕生である。
 ――少なくとも、テレビの中では。
 
 公表された名前の中には、俺をストレス解消のためにサンドバックにしていた同級生の名前もあった。
 
「俺は黒い月が出る前からシオは魔法使いだと思っていたよ」

 孤独にいた俺を助けてくれたから。
 
 シオが魔法使いとなることに不思議はなかった。
 もともと魔法や超能力を持ってそうなイメージだったから。
 
 でも自分が魔法使いになったという自覚があるのに政府に名乗りをあげていないということは、そういうことなんだろう。
 彼女が金で動くとは思えなかった。
 
「で、どんな能力なんだ?どうせだったら、美味いものが沢山食べれる能力だとありがたいな。ここのところずっと保存食だったからな」
 
 笑って彼女を見ると、彼女の横顔はどこか遠くを見ていた。
 遠くを見ながら、俺に告げる。
 
「心が読めるようになったんだ」

 心が読める。
 その言葉を理解するのにしばらく時間がかかったが、俺はあきらめに似た思いと共にその言葉を呑み込んだ。
 
 じゃあ、もう何も隠すことはできなくなったのか。
 俺が彼女をどう思っているかも。

「もう隠しごとはできないな……」

 俺の言葉に、彼女は少し寂しそうに笑った。
 
「そうだぞ、トク、私にはもう隠し事ができないんだぞ」

 参った。
 俺は目をつぶって両手を上げると降参のポーズをした。
 黙っているつもりだったが、こうなったらやぶれかぶれだ。
 
「シオ、俺も多分魔法使いだ」

 目を開けると、シオは変わらない、少し寂しそうな表情のままそこにいた。
 
「部屋の中でしか試したことなかったけれど、俺は飛べる、どこまでか分からないけれど、……空も飛べると思う」

「空か」

 シオは一瞬子供のように破顔した。
 ような気がした。
 でも、次にはすぐに大人びた表情に戻っていた。
 
「その能力は確か政府が探している能力だったと聞くぞ、名乗り出ることができたらすごいことになるんじゃないか?」

 真面目な表情になってシオは口元に手を当てて考える。
 どこからそんな情報を拾ったのかと思ったが、塔屋の真ん中に置かれたラジオを見て俺は理解した。
 
「俺は、すごいことになるなんてこと興味ないよ、軍隊に入ってモンスターをやっつけまくるなんて性に合わない」

 俺が肩をすくめると、シオは安心したように言った。
 
「それは良かった」
 
 闖入者が現れたのは、その時だった。

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2026年2月8日