十話「守れなかったもの」

 屋上に戻ると、世界は何も変わっていなかった。
 ただ一つ、俺の足元にいる「そいつ」を除いては。
 
 シオは大の字に寝ているし、ミドリはその側で小山のようになって呼吸のリズムに合わせて上下に揺れていた。
 ソラも、その巨体を丸くして目をつぶっている。

 変わったというならば俺が一番変わっていた。
 右手にはモップを持ち、足元には人面犬を従えているのだから。

 あれからポチ太郎は結局屋上まで俺について来てしまった。

「トクさんは、オレに言葉を教えてくれた友達に似てますぜ」

 とか。

「オレの特技はこの耳と嗅覚だ、お役に立ちますぜ」

 とかの情報を道すがら教えてくれながら、朝焼けが終わりがかった空の下、屋上まで歩いて来たのだ。

「まだみんな眠っているなら、起こさない方がいいのかもしれない」

 こっそりそう言うと、ポチ太郎は頷いた。

 俺とポチ太郎、足音を立てないように恐る恐るとまずシオを守るように眠っているソラの側を通り抜けようとしたら、ふいにソラの巨大な尻尾が動いた。
 そして、尻尾で俺たちのとおせんぼうをしてしまったんだ。

 ソラの鋭い瞳が俺とポチ太郎に注がれる。

 その瞳は、まるで「そいつは誰だ」と言うようであった。

「どうしたんだ?ソラ」

 音こそしなかったものの気配で起きてしまったのだろう、シオが眠たそうに起き上がった。
 側にいるミドリも、広がった体を元に戻している。

 そしてすぐに皆の視線はポチ太郎に注がれた。

 ソラは警戒したようにポチ太郎を睨み続けるし、ミドリは「?」というように体を傾けていた。
 そしてシオは。

「可愛い!トク!なんだそれは!」

 可愛い?
 一瞬一体何のことを言っているんだと思ったが、数秒の思考ののち、ポチ太郎しかいないという結論に至った。

「おはようございます!シオさん!それとお仲間の方々!」

 シオの言葉にごきげんになったのか、ポチ太郎は音がするくらい尻尾を振りながら自己紹介を始める。

「オレの名前はポチ太郎、話せる以外なんの特技もないしがない男ですが、シオさんが放った言葉に感銘しました、オレをシオさんのお仲間にしてください」

 シオは笑顔でポチ太郎の元に向かおうとして、ポチ太郎もシオに近づこうとしたが、その二人は割って入ったソラの尻尾に拒まれた。
 そして、ソラはシオに目を合わせる。
 そこにはシオとソラにしか聞こえない会話があったのだろう、シオはうんうんと頷きながら、俺たちに顔を向ける。

「平たく言うと、仲間にふさわしいか、ソラがポチ太郎の面接をするそうだ」

 面接?

「なんでも言ってください!オレの決意は本当ですぜ」

 ポチ太郎も、意気揚々とそう答えた。

 かくてそのままポチ太郎の面接?が始まった。

 しかしその面接はソラがポチ太郎を見下ろしながら行われる圧迫面接であった。
 ソラとシオそしてミドリが並ぶ目の前に、お座りをしたポチ太郎がいた。
 俺はポチ太郎の隣に正座している。
 正座しろとは言われなかったが、ソラの視線の元そうしなければいけないような気がしたのだ。

 くっ、なんだか負けたような気がする。

 そんな俺の敗北感などよそに、シオはソラから聞いた質問をポチ太郎に投げかける。

「何で日本語が使えるのか?」

「友達が教えてくれたんですぜ!友達の名はコウタロウ、心の友だったんですぜ」

 ポチ太郎は、ソラの視線を少し少し気にしながら一気に言った。
 そうだ、その調子だ、ポチ太郎。
 なぜか保護者的立ち位置にされていた俺だが、心ではポチ太郎を応援していた。
 負けてる方を応援したくなる、アンダードッグ効果というものなのかもしれない。
 
「ふむ、ではその友達はどうなった?」

 二つ目の質問で、ポチ太郎の表情が変わった。
 焦ったように、困ったように。
 ポチ太郎は沈黙した。

「……ポチ太郎?」

 俺は心配になってポチ太郎を見たが、その表情はやはりどこか暗かった。

「ポチ太郎?どうした?」

 目の前の三人を見ると、シオは心配そうにポチ太郎を見ていた。
 ミドリはその隣でいつも通り風にそよいでいたし、ソラの眼光はやはり鋭くポチ太郎を見据えている。

 しばらく風の音だけがしていたが、ポチ太郎は意を決したように顔を上げて話し始めた。

「コウタロウは……、殺されたんですよ」

 シリアスな展開に、場の空気が緊張した。
 いや、ソラが俺たちを睨み続けているからずっと緊張しっぱなしだったのだが、場を仕切るシオのまとう空気が緊張したのかもしれない。
 ポチ太郎は続ける。

「真っ黒い人間たちの持つ遠隔武器によって、コウタロウは血を流しながら死んだんです」

 真っ黒な?
 人間?
 初めて聞くポチ太郎の情報に、俺は息を飲んだ。

「コウタロウは、オレをかばったんですよ、あいつら、コウタロウを殺しても平気な風でいやがった」

 ポチ太郎の表情は、恐怖と怒りで占められていた。

 政府がモンスター退治を始めているのは知っていた、でも、人間まで殺していたなんて知らなかった。
 俺はポチ太郎の言った言葉を頭の中で復唱していた。

―コウタロウはオレをかばったんですよ―

 かばっただけで、殺されたというのであれば。

 モンスターの味方側についた俺たちは。
 
 ――俺たちは、敵になるのか?

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2026年4月12日