よく見るとそれは神でも仏でもなかった、無機質な、しかしどこか温かみのある色合いの鋼鉄の手の平だった。
それは右手に二人を載せたまま、地響きと一緒にどんどん川から姿を現す。
最初は右手、次には顔、そして体、そして最後にくるぶしまで川に浸かった足。
そう、それはTVでよく見る戦隊物のロボットだったのだ。
ロボットは、手の上でしばらく唖然としていた兄妹をそろりとカガクに近い地面に降ろす。
そして足の裏から噴射したジェットで彼は飛んでいった。
遠い宇宙へ。
唖然となっていたのは兄妹だけではなかった。
下校途中の学生たち、布団を取り込もうとしていた主婦。
公園で遊んでいた子どもたちは喜んで指を指していた。
色んな人間がそれを唖然と見ていた。
そう、一番唖然としていたのは、この二人だろう。
「ねえ、何で巨大ロボットなの?」
カガクは遠くで点となった巨大ロボットを見上げながら、カガクらしくない阿呆のような表情でそれを見守っていた。
ミラクルくんも隣で阿呆のようにそれを見守っている。
「さあ、あれはカガクさまの今の深層心理が具現化した守り手だと思うですので……、今のカガクさまの愛の心が具現化したものとしか……」
しばらくの静寂の後、カガクはもう一つの疑問点に着目した。
「あと、私何でこんな格好してるの?」
カガクはあの虹色の光に包まれた後、気が付くと金色のふわふわのドレスに身を包んでいたのだ。
髪には小さな花をあしらった黄金のティアラ。
さっきまで普通のセーラー服を着ていたというのに、あれは何処へいったのか。
「うわあ!カガクさま何て格好してるですか!」
驚くミラクルくんに、
「今気がついたっての?」
横目でミラクルくんを見ながらツッコミを入れるカガクも少々疲れている。
「その姿こそクランシオーネさまの真の姿!女王のドレスですよ!ついに覚醒したのですねカガクさま!僕は嬉しいです!」
涙目で喜ぶミラクルくんの顔を、ガシリとカガクは鷲掴みする。
「あ、あの?カガクさま?」
汗を流すミラクルくんに、カガクはニッコリと微笑んだ。
それは女神のような微笑みだった、しかし、ミラクルくんは恐怖に打ち震えた。
手がぎりぎりとミラクルくんを締め付けているからだ。
「あ、あの、カガクさま?痛いです……」
「早く、元の姿に戻しなさい」
その声はさながら地獄の底から響き渡るようにミラクルくんには聞こえた。
実際には女神の囁きのような声なのに。
「ほ、ほら!あの子達を先にどうにかしなきゃ!クランシオーネ……じゃないカガクさま!」
そう言えばそうだ。カガクはミラクルくんを締め付ける手を離すと、まだ唖然と空を見上げている兄妹の元へと向かった。
「大丈夫?」
ロボットの次の女王の登場に、二人の兄妹は、
「うわあ!」
「キャア!」
と、およそ女王に出会ったとは思えない声を出したが、しばらくまじまじとカガクの姿を凝視した後、何を誤解したのか。
「俺もしかしてあのロボットの操縦者になるんですか……」
と男の子が静かに呟いた。
「いえ……非常に残念ながらそんな展開ではないわ、あれはそう……溺れていたあなた達を見かねて助けに入った現在開発中のロボットよ」
男の子と女の子は「釈然としない」という表情をすると、それでも何とかそれを飲み込んだらしい、お互い見合ってうんうんと頷きあった。
「はあ、そうですか……それであなたは……」
カガクは長い髪を流れる風に合わせて払いのけると。
「通りすがりのコスプレイヤーよ、一刻も早く私のことは忘れなさい」
忘れられるはずがないだろうが、兄妹は、何が何やら分からないまま「釈然としない」という表情のまま帰って行った。
体も大丈夫のようで、念のため病院に行きなさいともカガクは小さな後ろ姿に呼びかけた。
「そう、そうして幼い兄妹の命は救われたわ、めでたしめでたし」
END
「じゃないです!何で〆に入ってるですか!まだ肝心なのが終わってないですよ!」
夕日を見つめ、〆に入ろうとするカガクの目の前に、ミラクルくんがドアップで出てきた。