「えーっと、何だったっけ?フワランフワランミラクルクル、魔法の世界に私の魔力よ満ちろー、はい終わり」
呪文を唱え終わった後も何も起こらない、あえて言えば木枯らしがカガクを通り抜けて行ったくらいなものだ。
寒い。カガクは心底そう思った。
「ダメです!心がこもっていません!もう一回やり直しです!」
ミラクルくんは、どこから出したか八の字ひげ付きのメガネを掛けてカガクにダメ出しをした。
それでもまだカガクは大人しく言うことを聞く。
「……フワランフワランミラクルクル、魔法の世界に私の魔力よ満ちろー」
「まだまだ!お腹から声を出すんです!お腹から!」
「フワランフワランミラクルクル、魔法の世界に私の魔力よ満ちろ!」
「まだまだ!心が込もっていません!もっと感情豊かに!恥ずかしがらず!さあ!」
ミラクルくんの教えが熱くなると同時に、だんだんカガクの顔は赤くなる。
怒りか羞恥か、いやそのどちらもなのだろう、カガクは今、人生で一番その両方を感じていたのだ。
そんなに遠くない川岸では、川遊びをしていた兄妹が、あっけにとられた顔でカガクを見ていた。
少し遠くの道では、カガクの姿を見てクスクスと笑う同じ学校の下校生がいた。
遠くのビルでは、カガクの張り上げた声を聞き、今日も平和だと感じる大学生がいた。
「フワランフワランミラクルクル、魔法の世界に私の魔力よ満ちろおおおおお!!!」
「ふざけてるんですか!そんなんじゃ魔法の国には……」
「うおりゃあああ!」
ミラクルくんが気がついたときには、すでに魔法のステッキはミラクルくんの顔面を直撃していた。
見事なコントロール!見事なナイスショット!
ミラクルくんは苦悶の表情をしながら飛んで行く。
勢い良く地面に落ちたミラクルくんは何か文句を言おうとして起き上がったが、カガクの表情を見て凍り付いた。
恐ろしい、般若がそこにいたのだ。
「あ、あの、話せばわかるです。ほら、カガクさま、女の子は笑顔が一番、笑顔が一番」
「シャーーーーー!」
正に蛇に睨まれたカエル。
ミラクルくんは体を縮ませると、その次に訪れる衝撃に身を震わせた。
しかし、いくら待ってもそれはなかった。
恐る恐る目を開くと、無表情のカガクの顔。
いや、違う、これは怒っているのだ、全力で怒っているのだ。
「バイトに行く」
「そそそ、そんなこと言わないでくださいです!一緒に魔法の世界救いましょうよ」
早足にバイト先に向かうカガクに、全力を振り絞ってミラクルくんはすがりつく。
その緊急事態にミラクルくんは不思議な懐かしさを感じていた。
千年以上も昔、クランシオーネさまが生きていた頃、怒りすぎて無表情になったクランシオーネさまを一週間なだめてなだめまくった記憶が蘇ったからであった。
やはりこの方はクランシオーネさまの生まれ変わりだ。ミラクルくんはある種の感動と危機感を感じていた。
そう、今が一番の魔法の国のピンチではないか。
「カガクさまー!ぶぴっ」
ミラクルくんは「キュラリン☆」という効果音と共に、カガクの背中に張り付いた。
急にカガクが歩みを止めたのだ。
そのカガクが、急に川に向かって走りだした。
「カガクさま!カガクさまどうしたですか!?」
「あれよ!」
その先には川で溺れる兄妹の姿、どうやら妹が深みにはまり、兄がそれを助けようとして同じく溺れたのだろう。
一もニもなく川に飛び込もうとするカガクの髪をミラクルくんは必死に引っ張る。
「だめだよカガクさま!カガクさままで溺れちゃう!」
「じゃあどうやって……!!」
助けると言うの!
混乱したカガクの目の前に、ミラクルくんは魔法のステッキを差し出す。
カガクはステッキを奪うと、大声で叫んだ。
声を張り上げながら、カガクの体は虹色の光に包まれていた。
「フワランフワランミラクルクル!あの子たちを救って!」
虹色の光がステッキの先端、四つのハートに集まって行く。
ハートはしばらくキラキラと光った後、小さな二人の兄妹に向かって光を放った。
するとどうだろう。
大きな地響きと地面の割れるような音が水面を揺るがした。
溺れる兄の力が切れそうになったその時、それは姿を現した。
神か仏か、大きな右手が水面から現れ、彼ら二人を救い出したのだ。
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